ひねもす のたりのたりん

日々の出来事をのたりとつづります

書きたい気持ち

書きたいことが胸の内にあふれていても。

うまく手が動かなくて、書けずにいた。

これからは少しリハビリ。

今書けることを、書けるだけ、書いていこう。

 

久しぶりに暖かい日。

ここ数日早くも悩まされていた花粉の影響が感じられず、

今のうちに!と大物を洗濯。気持ちいい♬

 

何事も調べてから動きたいタイプなので、

お買い物の前に比較検討することも多い。

その結果を残していないのが、すこしもったいないな、と思う。

ここに残してもいいな。

 

 

Aさんのこと

書きたいのに書けなくなって、何年経っただろう。

とにかく場所だけでも欲しくてここを作ったのに、アクセスすらできなくて。

今も理由はわからないけれど、私にとって「書く」ことは大切なこと。

できる時にできるだけ、やっていこうと思う。

 

思い出すだけで胸が痛くなる思い出。

もうずっと前の事なのに、時折思い出して切なくなる思い出がいくつかある。

最近ふと思い出したのは、以前勤めていた職場の先輩の事。

当時、自分では目立たず控えめに、うまくやっているつもりでいたけれど、

実はそうではなくて。

その頃の思い出を書いてみようと思う。

 

先輩の一人に、母親ほど年の離れた方がいた。

Aさん、としよう。

とにかく明るく面倒見がいい。

大声でよく笑い、極端なことを言って周りを驚かせるけれど、

誰にでも声をかけて仲良くなり、いつでも輪の中心にいる方だった。

前の職場とは大きく雰囲気の異なるそこになかなか慣れることができずにいた

私にもすぐに気づき、親切にしてくれた。

あまり人に心を開く方ではない私も、いつしか第二の母のように慕うようになり、

恋愛相談までするようになっていた。

 

とにかく陽気にふるまっていたAさんは、実は重い持病を持っていた。

時々入院したり、症状への不安を口にしたりしていたので、皆でよく声をかけ

話を聞いて不安を和らげようとしたりしていた。

本人曰く、治療しても完治は不可能だそうで、早く時代が進んで治療できる

ようになることを真剣に願っていた。

 

数年後、私は近くに異動になり、Aさんとはあまり会えなくなった。

そのうち、私は今の夫と知り合い、結婚。

報告に行った時はとても喜んでくれて嬉しかったけれど、

その頃から少し様子が変わってきた。

口調がきついことが増え、ひどい嫌味を言ったりして。

ショックでAさんと別れた後、泣いたことも何度かあった。

あまりの変わりように、私が嫌いになったのか、他に原因があるのか気になり、

周りの人にそれとなく聞いてみたところ、どうやら体調悪化が原因らしいと。

心配になって、用事を作ってはAさんの部署に顔を見に行ったりしたけれど、

態度はひどいまま。

放っておいて欲しいのかも、と連絡を取らないようにした。

 

暫くして、Aさんが入院したと知った。

退院はできないかもしれない、ということも。

その矢先、ご本人から直接連絡をもらいお見舞いに行くと、

私達の共通の知り合いが異動になるので、お礼の品を送りたいから

手伝ってほしい、と。

私は依頼を受け、品を送り、報告のため再びお見舞いに行った。

病室に入る前、ナースステーションで用件を告げると、

本人から来るように言われたかと確認された。

なぜそんな質問を?の答えは、病室のドアを開けてすぐにわかった。

明らかに病状が進んでいた。

とても具合が悪そうなのに、大丈夫なふりをするAさんを前に、

内心の動揺を隠すのに精いっぱい。

とにかく報告をし、Aさんの手をさすりながら励ましの言葉を伝え、

負担にならないようすぐに病室を出た。

涙が出た。

 

数日後、Aさんが亡くなったと知らされた。

強烈な悲しみと共に、楽しかった頃の思い出が一気に頭の中に蘇った。

感謝の気持ちと後悔が押し寄せてくる。

思い返せば、あの言葉はこういう意味だったのでは?

当時は受け入れられなかったアドバイスや励ましも、今なら理解できるものもある。

若さゆえの無知や視野の狭さで自分をなかなか変えられない私を、

理解してくれながらあたたかく見守ってくれていたことが、今ならわかる。

何より、Aさんの体調が悪くなっていった時期に、嫌がられてもいいからもっと顔を

出せばよかった。

らしくなくなっていたAさんの、吐き出す先にくらいはなれたのではないか?

全て今更になってしまったことが辛かった。

 

年を重ねながら、時折「今の自分にできることは?」と考える。

特に秀でたところもなく、大したこともできないけれど。

そのうちの一つに、「人生の後輩に優しくしよう」がある。

未熟で経験不足で、自分をよくわかっていなかった私に、

Aさんがしてくれたように。

うまくできるかわからないけれど、Aさんなら「できる!できるよ!」と

励ましてくれるだろうと思いながら。

Aさんと、頂いた言葉の数々を思い出す度、感謝を送っている。

エンタメ、ありがとう

久しぶりの更新だというのに、いきなり連投(笑)

 

ここ1年くらいの私の楽しみは。

小説を読むこと(これは幼少時から)、藤井風くんの曲を聴くこと、

TWICE鑑賞。

共通するのは、「別世界に連れて行ってくれる」ということだよね。

いやいや、そんなに現実が辛すぎてってことではないんだけど💦

 

小説は現代物はあまり読まなくなったなあ。

とにかく現実を離れたいから、異世界ものが多い。

怖かったりはらはらするようなものはすっかり読まなくなった。

とにかく平穏無事で、ハッピーエンドがいいの。落ち着きたい(笑)。

 

そして、紅白で話題の藤井風くん。

ユーチューブ見たり、アルバムを聴き倒していたので、最近の活躍は嬉しい♬

本当に風くんの声は最高だよね!

オリジナルも素敵な曲ばかりだけど、カバーもいい。

好きな曲歌ってるのを聴くと、あー更にいい曲!と思うもの。

feel special歌ってほしいなあ。すごく合うと思うんだ。

 

TWICEはかなり年代も違うんだけど、とにかくかわいい。

Vでわちゃわちゃしてるのも微笑ましいし、

パフォーマンスは洗練されてて見入っちゃう。

 

エンターテイメントがなかったら、今の自分はいないだろうな。

大げさでなくそう思うくらい、日ごろから励まされ、助けられてます。

ありがとうの分だけ、応援しっかりします!

 

 

暮れても明けても

新年、明けましておめでとうございます。

 

あれ?年末?まだ9月じゃないの?

そして今年何年だっけ・・?

やってくる出来事を、打席に入ったバッターのように

ひたすら打ち返すのに必死の日々が続き、気づいたら年が明けていたという💦

毎年の事、と言われればそれまでだけど、

今回の年越しが最もひどかっただろうと自覚があります。。

 

だから!

2022年の目標は定番の「健康第一」と「日々を丁寧に生きる」にしよう。

大人になると、1週間とか1か月なんてかわりばえがしなくて、

子供の頃のように「込めて」生きてない気がするから。

もう無邪気に純粋に世の中を見つめることは無理だけど、

感覚を大事にできるくらい心身ともに余裕ある生活をしよう。

 

そしてね。

もっと大事なのは。

これはあくまで今の気持ちであるということ。

うまくいかなくても、方向変換しても自分を責めないこと!

かっつかつに詰めないこと。

長年の癖から自由になって、自分を嫌わないこと。

ほんとに、いい年なのにいくつになると自分をいなしながら

うまく生きられるの?と思って情けないんだけども。

不器用さもいびつさも、味だよね。

 

マイペースに軽やかに。

皆様もどうか素敵な1年を!

嫌な思い出の利用法

 

人の顔や名前を覚えるのが苦手。

よし覚えた!と思ってもその場を離れるともうあやしい。

そんなに覚えが悪い私でも、10年以上経っても忘れられない人、出来事がある。

 

某医療系の職場で秘書をしていた時の事。

上司からの指示で、ある機械のメンテナンスのため、業者の担当者を呼んだ。

正直、憂鬱な指示だった。

なぜならこの担当者、全くアポイントの時間を守らないからだ。

 

体育会系でいいガタイをした彼は、物腰が低く「はい!」と大きな声で返事をする。

一見爽やかボーイ。

一度目は忘れたのかな。二度目は前の営業先での話が長引いたのかな。

そうやって納得しようとしたけれど、フォローの連絡もなし。

秘書という立場は、時として軽んじられる。私、なめられてる?

疑惑や疑問で頭の中がモヤモヤする。不快。

こちらから会社に電話しても不在。電話口の社員も原因わからず。

 

そうしてやってきた三度目のすっぽかし。

約束の日時を丸1日過ぎた頃やってきた彼ににっこり笑って聞いた。

「約束の日時って昨日でしたよね?

いつもいらっしゃらないけれど、何かご事情があるんですか?

それとも、日時を決めての訪問は不可能なのでしょうか。

上司の指示が遂行できず毎度困っていて、あなたのことは報告済です。

どうしたらきちんと対応して頂けるか教えて頂けませんか?

私の対応では不手際があるのでしょうか?」

キレもせず、こう切り出した私を、ぜひ褒めてほしい。

「あぁ、すみませんでした!次から気を付けますので!」

以上。・・・うそーん。

「いや、今まで一度もいらっしゃらなかったからお話してるんですよ。

私の対応がまずかったですか?それとも毎度そちらさまの都合ですか?

今後きちんと来ていただくためにどうしたらいいかのお話をしたいんです。」

「いやー、ほんとにすみません!」

・・全く話にならない。

そして迎えた次の機会、彼はやっぱりすっぽかした。。

 

頭にきた私は、彼の上司に連絡して事実説明、苦情を申し入れ誠意ある対応を求めた。

けれど、口では謝罪するものの、私を厄介者扱いしていることがバレバレ。

案の定、担当も彼のアポイント破りも変わることはなかった。

この時点で、勿論一連の出来事を上司に報告済。

上司も憤慨していたが、同業他社がないため切ることができないと言われる。

 

すっぽかしの翌日、にこにこしてやってきた彼。どういう面の皮なのだろうか。

私の仕事のスケジュールを乱していることなんて気づきもしないのがすごい。

私はこの日、初めて自分の堪忍袋の緒が切れた音を聞いたのだった。

そして初めて仕事上で相手に怒りを伝えた。

あくまで丁寧な口調で。でも、どこまでも正直に。

「ああー、怒ってますよね。すみません、まあ落ち着いてください~!」

子供をあやすような対応。

上司は自分が呼んでもこないと言っていたけれど、私がばかにされていたんだと思う。

一度キレた後、ラッキーなことに彼を呼ぶ仕事がほぼなくなった。

けれど、すっきりしたというより、時折思い出す程嫌な思い出として残っている。

 

一連の出来事で、何が嫌だったのか。

・なぜ約束の日時にこないかの説明がされない(疑問が解決しない)

・こちらの話を聞く姿勢が全くない(無視されている)

・状況が改善される望みが全くない(無責任さ、軽んじられた対応)

恐らくこの三点だろう。

怒りの感情は人前で出しづらく、仕事の場では特におさえるべきものと思ってきた。

だけれど、抑え込むばかりでは自分の心身が痛むばかり。

なので、何度も思い出していらいらするような出来事にであってしまったら、

書きだして自分が何に反応しているのか整理することにした。

すると、たまに自分でも意外な本音が出てきたりして面白い。

なんだ、無駄じゃなかったかも、と思えたらしめたもの。

 

忘れられない嫌な思い出に、心を乱されるのは悔しい。

ならば逆に利用すればいいのだ。

しまいこんだり隠したりせず、陽の光にあてて、叩きたり刻んだりして

余すことなく観察する。

そうして自分の糧にする。

そんな健やかな図太さを養っていきたい。

大人への道

最初に言っておくと、私は年齢だけなら十分な、いやかなりな大人だ。

だけれどその実、大人と呼ばれる人ならある程度身についているだろう

経済的知識が足りないし、そもそも内面に落ち着きがない。

泣いたり笑ったり、うまくいかなくて落ち込んだり、まあ忙しい。

 

そんな私が危機感を覚えたのが春。

ずっと気になっていた保険の整理と貯蓄の方向性を決めるため、

苦手意識しかなかったお金の勉強を始めた。

結果、結構楽しめた!

いや、元手があんまりないから、大きく動かせるとかそういうことではないけれど。

世の中がどういう仕組みになっていて、自分が望む方向に進むには

どういう手段を取ればいいのか知識が得られて、すっきりした。

 

少しずつ勉強を進め、保険の整理が済み、

そして先日漸く貯蓄の方も(雀の涙程度しかないけど)方向性が決まった。

はぁー・・とりあえず、お疲れ!自分!

もう体は十分大人だけど、中身も少し年齢に近づいた気分。

知識って、身に着けると余裕が生まれるんだね!

大人道、楽しんでいこう♪

 

 

 

持つか、捨てるか

今年の春は、私にとって「異世界探訪」と言ってもいいほどの日々だった。

具体的に言うと、今まで苦手で避けてきた分野の勉強を始めたのだ。

しかも2分野。1つは去年からだけど。

・・すごくない?

新しい世界に対して腰が重い自分が、よくもこんな苦手なことを2つ同時に

進めようと思ったものだ、と我ながら思う。

うん、そこは褒めたい。

 

取り組むだけなら、一時の勇気で始められる。

でも、大人の勉強において求められるのは「成果」。

自分一人の判断で始めたことであっても、自分自身にそれを求める

厳しい「内なる監督」がいるのだ。逃げられない。

 

始めた2つの勉強のうち、一つは得た知識を生かすことができた。

今後もそれを利用して「よりよい未来」を探索しようと思う。

実際勉強してみて、難しいけれど「わかると面白い」と思えたのも

大きな収穫。

勉強好きな自分が、満たされる瞬間が確かにあった。

 

もう一つの方が問題。

こちらは、得た知識や技術を生かして仕事にしたいと思って取り組んでいた。

正直、自分には無理だろうと思っていたけれど、よくよく考えると

理想の働き方ができるし、これからの時代、持っていて損のない知識だ。

それで、結構な学習費用もかけ、本気で取り組んでいたのだけれど

初夏からの体調不良により手が使えず、現在は全面的に休んでいる状態。

実は、休む前には行き詰まりを感じていた。

知識は増えても、仕事にするには応用が求められる。

元々全く畑違いの私が、仕事としてクライアントと向き合って、

求められるレベルの仕事ができるのか。

全く自信も手ごたえも感じられなかった。

この分野は、私と同じように0から初めてフリーで活動している人も多く、

ロードマップが沢山公開されているけれど。

それはあくまでその人の物だ。

「費用もかけているし、ここまでやったのだから仕事にできるよう頑張りたい」私と

「やってみて向いてないと分かったし、好きな分野とは言えない。

それだけ学んでもうOK。諦めよう」という私が脳内を行ったり来たり。

ああ、どうしよう。

 

すぐに答えを出すことを迫られずに悩めることはとても幸せだけれど、

久しぶりに、本当に悩んでいる。

持ち続けるか、捨てるか。